02. ドッペルゲンガー
みぞの鏡がホグワーツ内にあることは前々からよく知っていた。
ルシウスの家は純血の名門である。
この家の者達は代々ホグワーツをを卒業してきたし、また卒業後には理事を始めとする様々な重要なポストに就いてきた。
マルフォイ家とホグワーツの関係は、それなりに影響を与えられる程度には密接で、必要な時であればすぐにでも切り離せる程度には離れている。実に程よい関係だ。
だからホグワーツに何があり何がないかなどを、マルフォイ家は全てとまではいかずとも、大体を把握していた。
マルフォイ家が把握している、ホグワーツにあるものの一つが、みぞの鏡だ。
ルシウスは以前から実在するというその鏡に興味を持っていた。
真の願いが映るという鏡。自分が覗き込んだ時、そこに何が映るかにルシウスは興味を持った。
自分の、本当に望んでいること。
それを知る、ということは、自分自身を征服する、ということだった。
人間の望みとは大抵醜く汚れきっているものなのだ。
それが自分の望みであると知った瞬間から崩壊していった善人の話や、鏡から一秒たりとも離れられずにいた挙句に結局絶望して自殺した悪人の話は、たっぷりと知っている。
だが、自分の深層心理を覗き込むということは、つまり自分を根底から把握する、という意味にも取れはしないか。
ルシウスは自己を完璧に制御したい、と考えていた。
その目的に、みぞの鏡は非常に向いている。理想的でもあった。
だが、それと同時に、ルシウスは自分が自分自身をどこまで把握しているのかをある程度は知らなければならなかった。
折角鏡と向き合っても、精神が崩壊したり依存してしまったりしたら元も子もない。
自分を解っている人間など、実際はほんの一握りしか存在しないのだ。精神の深淵は人々を狂わせる。だからこそあの鏡は危険であるとしてホグワーツに隠された。
自分は問題ないだろう、と思えるまで、一年待った。
みぞの鏡には自分自身が映っていた。
鏡の中の自分は、ひどく楽しげに微笑んでいた。
ルシウスがなおも鏡を凝視していると、鏡の中の自分がすい、とこちらに顔を近づけてきた。
くちびるが、ゆっくりと動く。
『た の し も う じゃ な い か』
『こ ろ し あ お う』
ルシウスはしばらく鏡の表面を撫でていたが、それからゆっくりと低く笑った。
「――ああ、勿論だとも」
「ルシウス」
押し殺したような声で呼ばれ、振り返る。
廊下の暗がりの中、先日のアーサーという男がこちらを見つめていた。手には自分と同じようにランプが。どうやらこいつも寮を抜け出して来たらしい。
馴れ馴れしくファーストネームを呼ばれたのが不愉快で、ルシウスは片方の眉を吊り上げた。
「何だ」
「珍しいじゃないか、スリザリンの貴族様がこんな夜中に散策なさるなんて」
「……」
慇懃無礼なアーサーの物云いに、ルシウスは相手を睨み付けた。
大体このグリフィンドール生は、敵対する寮の生徒であるにも関わらず時折ルシウスに対して敬語を使ったりする。別に自分を尊敬してそういった云い回しをしている訳ではないので、それが気に入らない。
こんな人間は無視すればよかった。……ここがみぞの鏡のある部屋でさえなければ。
ルシウスはアーサーを見据えたまま、すいと顎を上げた。
相手には気付かれないように、ローブの中で杖を握る。
忘却の呪文で足りるだろうか。だが相手は学年首位の一人だ、その能力が自分を上回っている可能性は無いとは云い切れない。いっそ攻撃呪文の方が効果的だろう。
素早くそういった計算をしながら、杖を握る手に緩やかに力を込める。
「気に入ってるんだ」
不意にアーサーがそう微笑んで、ルシウスは不愉快に眉を顰めた。
「……何がだ」
「お前のそういうところさ。計算高く攻撃的で、かつ非常に保身的だ」
「よく解ってるじゃないか」
嗤うと、アーサーはさらに微笑んだ。
「ああ。……それで一つ提案がある」
提案、という言葉にルシウスは軽く首を傾げながら、それでも視線で先を促した。
「殺しあわないか」
ルシウスは僅かばかり目を見開いた。
アーサーはあくまで笑顔だ。
「今とは云わない。たかだか四年生同士が死闘を繰り広げたって下らない」
「三年後か、四年後。俺達が卒業した頃に」
「お互い全力でもって殺しあおう」
笑顔と共に連ねられる言葉に、ルシウスは背筋が凍るほどに満足するのを感じた。
だからアーサーが「どうだい?」と云った時に、ルシウスは答えたのだ。
喜んで、と。
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