「砂時計の止め方」 7


 これは俺がリーマスと同居するようになったばかりの頃の話だ。
 その夜、俺達は特にすることも無く怠惰に一日を送り、夕食をとった後もやはりそれぞれぼんやりと過ごしていた。確かリーマスは小説を読み、俺はBBCを見ながらくつろいでいたはずだ。
 そうこうするうちに夜も更けてきたので、俺達は誰ともなく「そろそろ眠るべきではないか」という提案をした。
 何故そんな面倒な真似をしていたかと云うと、その頃俺達はまだロンドンのアパートに住んでいたからだ。リーマスがもともと一人で暮らしていた部屋には当然寝室が一つしか無く、よって俺達はどちらかがベッド、どちらかがソファで寝なければならなかった。そして俺達は毎日飽きもせずお互いに寝室を譲り合っていた。
 リーマスの云い分によれば俺は監獄での十二年間と一年間の逃亡生活とで散々苦労してきたので寝室を使うべきで、俺に云わせればリーマスの方がよほど苦労しているし彼がこの部屋の正当な主人であるのだから彼が寝室で眠るべきだった。
 俺がどうにかリーマスを云い包めるべくもっともらしい理由を述べると、彼はそうではないと諭すように首を振ってまた違う理由を並べ、そうすると俺も反論せずにはいられず、――要するにお互いに頑として譲らなかった。
 最初から一人用の部屋に二人で暮らすのがあまり快適とは呼べないことは火を見るより明らかだったし、だからリーマスは俺が彼の許を訪れたその日から田舎の方の物件を探し始めていたが、家が見つかってから実際に引越しが出来るまでは一週間ほど待たねばならなかった。理由はマグル恒例の手続きがどうのこうの、という奴だ。マグルの不動産屋は家を購入するための様々な手続きに手間取り、そして俺達は毎晩もめた。
 あの日は確か、俺達が田舎の一戸建てに引っ越す三日ほど前だったはずだ。
 俺はまたいつものように不毛な口論をしながら、いい加減この状況を打破するべきだろう、と考えていた。そもそも寝る前に時間と気力を使い過ぎる。その上お互いがお互いを心配しているので、勝っても負けても何となく気分が悪い。この不毛な争いももう数日で終わるとは云え、やはり出来る限り早く終わらせるに限る。
 俺は一生懸命俺を説得しようとするリーマスを眺めながら頭をひねった。
 どうやらいい考えが浮かんだようだ。
「……だから君は寝室で寝た方がいい、シリウス」
 リーマスが俺をじっと見つめながら非常に真摯な表情で云った。日に日に熾烈になってゆく譲り合いのせいで、リーマスの口論における技術が非常に伸びているのがよく観察できて、少しばかり面白いような悲しいような、複雑な気分だ。
 だがそれも今夜で終わりだ。
 俺は頭をかきながら溜め息を吐いて見せた。
「あー……。じゃあお前は何処で寝るんだ」
「ここだよ」
 リーマスが「何を今更」という表情で俺を見た。
「ソファで?」
「うん」
「どうしても?」
「うん、でもシリウス、」
「だったら」
 俺は何か云いたげな様子のリーマスを遮って、ことさら明るい表情をしながらひょいと肩をすくめた。
 どうせ彼は「なんでそんなことを聞くんだいシリウス」とでも云おうとしたのだろう。
「君がソファで寝ると云うなら、いいだろう、俺はキッチンの床で寝ることにしよう。そして君がベッドで寝るんだったら、俺はソファで眠ることにする」
 リーマスは俺を見たまま二回瞬きをし、それから明らかに悔しそうな顔になって大人気なく唇を尖らせた。
 すぐにリーマスは口を開きかけたが、俺は彼が言葉を発する前に彼の手を取って素早く立ち上がり、恭しく寝室を手で示した。
「お休み、リーマス」
 芝居がかった仕草と共ににやりと笑って見せると、リーマスも不服気な表情をやめてくすくすと喉の奥で笑った。
「ああもう、君には負けたよ、シリウス。――君ときたら本当にずるいんだから」
 そうして俺達の就寝前の戦いは終わりを告げた。


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