「砂時計の止め方」 5
私は基本的にあまりアルコールでは酔わない。
何と云うか、体が自律というものをよく識っているのだろう、と思う。
私が酔うのは大抵精神的に落ち込んでいるか悲しんでいるかしている時だけだし、そうでもない限り酔った憶えはほぼ無い。精神の深淵のふちに立ったときにはアルコールの海に感受性を鈍磨させた方がいいのだと、よく解っているのだ。
この日私は完璧に素面だった。
特に何も無い日だった。
シリウスは普段と同じような態度だったし、天候も悪くは無かったし、特に喜ぶようなことは怒らなかったけれど悪いことも起こらなかった。要するに普通の日だったのだ。
だけど私は落ち込んでいた。そしてそれなのに素面だった。
私が落ち込んでいたのはシリウスが本当に私を必要としているのだろうか、私は彼の足枷になってはいないだろうか、という疑念によるもので、勿論そんな考えがいかに下らなく取るに足りないかも私は熟知していた。
しかし頭で解っていさえすれば何もかもに納得出来るという訳でも無い。
まったく運の悪いことに、その日の私はいくらアルコールを口にしてもどうしても酔えなかった。
ああこんなワインばかりではなく強いウォトカかなにかがあれば少しはマシだったのに、そう思って私は歯噛みした。こんな軽いアルコールでは私の中に渦巻く黒い流れを薄めることすら出来ない。
「……私は人狼だ」
それまで石のように無言だった私は、とうとう耐え切れなくなって口火を切った。
向かいに座ったシリウスがじっと私を見つめる。
「確かに君は大量殺人の容疑を着せられているし、脱獄犯でもあるけれど、それでも私は人狼だ」
「……それがどうした」
「私では君の助けには一切ならない、ということだ。脱狼薬はちゃんと存在するけれど、誰でもそれを調合出来る訳じゃない。人狼は今でも人々に怯えられ、迫害され、狩られている。伝染病に近いけど、人を襲うという点では伝染病以上に性質が悪いから、その分ますます怖がられているし、排除される」
「そんなことは解ってる」
「解ってない!」
落ち着いた口調で云うシリウスに、私は声を荒げた。
立ち上がって、ワイングラスを手にしたままダイニングとリビングルームの間を早足に歩き回る。
「解っていない!君は解ってないんだ……私は君の足枷になる。私は君を助けられない。月に一度意識を失うということは、確かに私の自由を奪うんだ。むしろ私が君に迷惑を掛けている。その上彼らは、魔法省の人達は、君が敵に人狼をけしかけはしなかったかと疑い、そして更にありもしない罪状を君に被せるだろう。君はそもそも私を必要とはしていないし、それどころか私が居ては邪魔なんだ。君を容認した上で便宜を図ってくれるような人間はきっと他にもいるだろう、だから君は今すぐにでも私の許を離れてそういった人物を探すべきだ」
私はそこまで一気に吐き出して、頭を抱えて近くにあったソファにもたれるようにして蹲った。
ワイングラスが手から落ちて軽い音を立てた。零れたワインで絨毯にじわじわと赤い染みが広がってゆく。
シリウスの静かな足音がゆっくりと近付いていた。
虚ろに絨毯を見つめる視界が翳る。
「リーマス、」
云って、シリウスはソファに座った。私を見下ろすようにして、私の頭に手を乗せた。
「そりゃ俺に好意を持ってくれる奴は居るだろう。ダンブルドアに繋がる人間を探せばお前の替えだって利くさ。俺を匿う人間がお前じゃなくても別に困らないだろうけど」
シリウスはそこで少し間を置いて、考えを纏めるようにして区切り区切り言葉を続けた。
「むしろお前そのものが居なくても誰も困らないかも知れない。ほら、人間って自分の不幸は大声上げて喚き立てる癖に、他人の不幸には鈍感だからさ。でも俺はお前がいいって決めたし、今でもお前がいいと思ってる。お前が足枷になって捕まったり殺されたりするんだとしても、俺は絶対に後悔しないって解ってるからお前の傍に居るんだ」
私はその非常にシリウスらしい言葉に、思わず微かに笑ってしまった。
途端にシリウスの緊張が解けて雰囲気が柔らかくなったのを感じて、私はもう少し笑った。
「シリウスったら、一世一代の告白をしている4年生みたいだったよ」
くつくつと笑いながら顔を上げると、シリウスがいかにも気障ににやりとして見せながら、「お前のも十分告白みたいだったよ」と笑った。
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