「砂時計の止め方」 1


親が厳しかったこともあり、俺は子供の頃からたっぷりと教育を受けてきた。
それは例えばマナーだったり言語だったりと、まあ多種多様にわたるのだが、その中の一つにピアノがあった。
レッスンを受け始めたのはいくつからだったろうか。三つ?それとも四つの頃だったか。最初は解りやすいメロディのものがお気に入りで、同じような曲を繰り返し弾いていた。きらきら星なんかを。
それからホグワーツに入学して、音楽の授業が必修科目ではなかったこともあってピアノにはほとんど触れなくなった。ただ実家に帰ると無心で弾いていた。うるさい母親に構われたくなかったこともあったかもしれない。ともあれ俺は速くて重厚な曲が好きで、バンバンと鍵盤に指を叩きつけるようにして弾いていた。
思えばあの頃から既に親とは考え方が合わなくなっていたのだった。だからこそ彼らを避ける手段の一つとして俺はピアノを弾いていた。あのころ俺が重ねていた音達はそのまま俺の苛立ちを叫んでいたに違いない。
それから、ホグワーツを卒業する前後数年。ヴォルデモートの脅威は最早ピークに達していて、俺は一分一秒を惜しむようにして生きていた。勿論ピアノなんて触れるどころか弾けることを思い出しもしなかった。
あれから十年以上が経つ。
少年時代をホグワーツで馬鹿騒ぎを繰り返しながら過ごした俺が最早三十代になっている、というのは驚きを通り越していっそファンタジーに近い。俺は時に、ほんの偶に、その事実に少しばかり驚いたりする。
俺は時折ピアノを弾く。
今のお気に入りはリストだ。音と音を切れ目なく繋げてゆく時、そこに響くものは確かに十数年の暗い日々に凍った俺の感性を揺り動かす。あまりにも技巧的だからとこれを嫌う人間も多いが、技巧的でなにがいけないのだろうと思わなくもない。到底重ならないような音を重ねることで顕わにされる旋律、それは感情を伝えるために丁寧に紡がれる言葉にも似ている。
俺達が住んでいるこの小さな家には、家にふさわしい程度の質素で小さなピアノが置かれている。当然昔俺が使ってきたグランドピアノとは勿論大きさも音の質も違うが、そこに何ら不都合はない。
俺は気が向いた時に鍵盤に指を滑らせ、リーマスは横に座って俺の手をじっと見つめる。俺はリストの、それも特に技巧的なものを弾き、偶にそっと横目でリーマスが退屈していないかどうか確かめる。落ち着いた気質の彼は大抵俺の指の動きを穏やかな目で追っていて、俺はその眼差しが気に入っている。うっかり目が合ったりすると俺はその度に必ず赤面してしまい、そうなるとどうにも収拾がつかなくなるので、この行動は一種危険な賭けとも云えるのだが。
俺は時折ピアノを弾く。
陽射しのいい日に。雨の夜に。隣にはリーマスの気配を感じながら。
そして俺は目を閉じ両腕を広げて背中から世界へと倒れ込むような、柔らかで暖かい興奮に身を浸すのだ。


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