055 : 砂礫王国
同性愛者が嫌いだ。不毛で、醜くて、吐き気がする。
相葉雅紀は細かな雨の降る街を歩いていた。
しとしとと降り続ける雨に、空気は許容量ぎりぎりまで水分を吸って重い。
同様に湿り気を帯びた衣服が身に纏わりつく感触が忌々しく、相葉は一層歩く速度を速めた。
いつもの仕事を終えて、「送るよ」と云ってくれたスタッフの言葉を断って一人歩き出したのは何となくそんな気分だったからだ。
雨の日なんか少しも好きじゃない。だけど、不意に自分を傷付けたくなる瞬間というものは意外と頻繁に訪れるものなのだ。……たかだか雨に傷付くほど繊細に出来ていないのが悔やまれるが。
鉛色をした小さな水溜りをぱしゃんと踏みしだいた時、ふと後ろから微かに自分を呼ぶ声が聴こえた気がした。
歩みは止めないまま目線だけを後ろに投げ、知った顔を認めて歩調を微かに緩める。
「何?」
「……どこ行くの」
不躾に、そのくせ少し気後れしたように、松本が呟いた。
「何でそんなこと訊くのさ」
「いや……気になったから」
「別にどこだっていいじゃん」
素っ気無く返すと、松本はそれ以上何も云わずに黙り込んだ。
ぱしゃぱしゃと小さな音を立てながら歩く。斜め横からも同じ水を踏む音。
いつまでも黙っている松本に苛立って、相葉は松本に鋭い一瞥をくれた。
「どこまでついて来るつもり?」
「ベッドのあるところまで」
吐き捨てるように云った松本の表情は場末の安っぽい売春婦を演じる女優のように上手に作られていて、それがまた相葉を苛立たせた。
素の表情なんかを晒されたりなどしたら、そんな見苦しいものを見せ付けられたりしたら、自分はやはり同じように不愉快になるのだろう。どちらにせよ結果は同じだが、それでも気に入らないものは気に入らないのだ。
「あー今金無いから」
辛辣にそう云い捨てて歩き去ろうとする相葉を松本が止めた。
「……お金は要らないから」
相葉は今度こそ立ち止まり、微かに視線を揺るがせた松本を目を細めて見下ろした。
今すぐにでもくちづけたい。手首を掴んで押さえ付けて首筋に噛み付いてやりたい。
ひどく動物的な欲求が込み上げるのを、相葉は無表情の下に押し込めた。
同性愛者が、嫌いなのだ。
不毛で、醜くて、吐き気がする。
――ちょうど、今の俺達みたいに。
「だったら尚更やだね」
口許だけで薄く笑って再び歩き出した相葉の視界から、想い人の姿はすぐに消えた。
相変わらず鬱々と降り注ぐ雨の中、眼球だけがひどく乾いていた。
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