001 : クレヨン



あー……男同士で何だけど。
松本と付き合っていた。
正確にはまだ過去形じゃない。現在進行形と云うか、現在終了作業進行形と云うか。
でも、それもすぐ終わる。

実を云うと、松本のことが好きであいつと付き合ってたんじゃない。
あいつが俺を見る目が微妙に他の奴に向けるものとは違うってことにはかなり前から薄々気付いていたから、告られた時もそんなに驚かなかったんだけど。
実際に告られて、まあ悪意は無かったんだけど、付き合ってみたら面白いかなーとか思ってさ。
俺も松本は結構気に入ってたし。
で、こう……初々しく。付き合い始めた訳ですよ。俺と松本は。

最初は勿論セックスがどうのなんてことは無かった。
それどころか、想像もしなかったな。第一、俺達は男同士だったし。
だから俺達はただ、純情な子供みたいに恋愛をしていた。
そっと名前を呼び合ったり、触れるだけのキスをしたり。
それが意外と新鮮で。
何かの拍子に一瞬俺を見る松本の視線とか。
目が合ったときにちょっと照れたように笑う仕草とか。
しょうくん、と俺を呼ぶ吐息のような囁きとか。
そういうのを見ているうちに、もしかしたら松本を好きになるかも知れないな、と思ったりもしていた。
俺と居る時にふと見せる幸福そうな表情が、とても好きだった。

子供が拙い手付きで描く絵みたいに。
ごしごしと擦られて色の交じり合ったクレヨンたち。
決して上手じゃないけれど、小さな手の握り締めたクレヨンの描く線はのびやかで。

松本と初めてそういう関係になったのは、俺達が付き合い始めてからかなり経った頃のこと。
勿論そんな気なんて完璧なまでに無かった。
たまたま二人きりだった時に、いつものキスの後、「Aが済んだんだから、次はBじゃねぇ?」と笑いながら云った。
何云ってんだよと笑いながら突っ込まれて、少し会話して、それから寝る。そういう流れなんだと思ってたんだけど。
そうしたら、松本がちょっと考え込むような表情をして。
あれ、と思ったら「……うん。次はBだね」とコメントされた。
後はもう……ご想像にお任せします。
一つはっきりしてるのは、俺がBだけじゃ止まんなかったってことです。ハイ。

それから俺達は結構頻繁にそういう関係を持つようになった。
まあ一応恋人同士なんだし、この際性別は置いておくとしても、セックスしたっておかしくない。
だから別に良かったんだけど……だんだんこれはマズいな、と思うようになった。
確かに松本は俺のことが好きなんだろうし、セックスする時だって合意の上で、が前提だ。
だけど、俺は松本に特別な感情を持っていない。
今じゃなくても、遅かれ早かれこの事実は松本に知られるだろうし、そうなった時の想像なんて簡単につく。
好きになって付き合っている相手が、実は自分のことなんて何とも思っていなかったなんて。
そんなのは、いくら何でも酷すぎる。

本当はもう完成しているのに、子供は限度を知らなくて。
一本また一本と線を重ねて。
気付けば絵なんかどこにもなくて、輪郭のぼやけた色のかたまりが白い紙を汚している。

松本を傷つけるつもりだけは、絶対にない。

「別れよう」
半ば溜め息のように、松本に告げる。
どう云ったら松本を傷つけないで済むだろうか。
松本が俯いていたのが救いだった。あいつの顔なんて、見られない。
全部、全部俺が間違っていたんだ。
「……解った」
俯いたままで松本が頷いた。
松本の表情は見えなかったけど、その声ははっきりしていて。
何故だか胸が苦しかった。
「ごめん」
謝ると、傷つけているのは俺の方なのに、急に辛くなって、それに困惑した。
相変わらず松本は俯いたまま。
「……本当は、別れたく、ない」
消えてしまいそうに呟いた声に、もういちど「ごめん」と謝った。
「知ってる」
俺が何を云ったって、翔くんが決めたんならもう変わんないんだよね。
そう云いながらかすかに笑って顔を上げた松本を、一瞬思わず抱き締めそうになって、気付かれないように握った手のひらに爪を立てた。
あんな酷いことは、もう出来ない。
だって俺は松本を好きじゃないから。

誰も居なくなって。
残されるのは、投げ出されて床に転がるクレヨンだけ。