selfish.
キスされて。
キスされて、キスされて、キスされて。
理由なんか無く熱くなってゆく吐息。
意味も無く速まる心拍数。
キス、されて。
体をなぞる手に、あ、と声をあげる。
そう、そこ。
焦らさないで、もっと俺に触ってよ。
あ、あ、気持ちいい。
規則正しく揺れる視界。
荒い呼吸のせいか少し乾いた唇。
際限なく生み出される熱に目が潤んでいくのが解る。
気持ちよさにバロメータがあったら、メーターの針は今きっと振り切れる直前になってる。
ああ、何でこんなにうっとりするのだろう。
多分相手なんか誰でもいい。
しがみついて、貪欲に強請って、腰を振る。
もっと欲しい。もっと頂戴。もっと、もっと。
そんなんじゃ足りない。この渇きは全然癒えない。
もっとずっと沢山欲しいんだよ。俺は。
餓えてるんだ。きっと君を全部手に入れたってまだ埋まらないくらいに。
だって俺は我が侭だからね。
でも、君のその一言だけには耳を塞ぐんだ。
「ごちそうさま」
「どういたしまして」
ことが済んで。
いつものように、どこか冷え冷えとした言葉を交わす。
最近はずっとこんな感じだ。何だか機械的な作業やら、行為やら、そういったものに侵食されている。
体はまだ熱くても交わされる言葉はひんやりと冷たい。その絶対的なコントラスト。
無言のまま後始末をして、シャワーを浴びて、身支度を整えて。
適当にドライヤーをかけたせいでやや乱れた髪が気になるけど、今はそんなに時間が無い。
ムースくらい持ってくればよかったかも。でもどうせ今は夜だし……あ、そろそろ急がないと。終電、いつだっけ。
今夜このままここで過ごす気は無い。明日はオフじゃないから、前の日と同じ服で仕事に出るなんて言語道断。
手早く荷物をまとめて立ち上がる。このホテルはカードキー制なので、キーをフロントに返す必要が無くて便利だ。
後のことは相葉ちゃんに頼んで、鞄を持って靴を履く。
「送ろっか」
そう云われたけれど、この時間なら多分終電に間に合うから、断った。
「……そう」
呟いた声は遠くてあまりはっきりと聞き取れない。
構わず歩き出したら相葉ちゃんが何か云ったようだったけど、俺にはよく聞こえなかった。
どちらにせよ俺には大したことではないだろうから、聞き返しはしなかった。
駅までの薄暗い道を歩きながら、足元のアスファルトを何となしに眺める。
ここから駅までの五分間。どうせなら送ってもらえばよかったのかも、とちょっぴり思う。
自動販売機があったら缶コーヒーの一本でも買おうかと思っていたのだけれど、こういう時に限って自動販売機には出会わない。駅に着いたら勿論自動販売機なんて沢山あったけれど、妙に明るい駅の照明のせいか買う気がなくなった。
空気を乱して走り込んで来たほとんど無人に近い電車に乗り込んで、手近なシートに座る。
ゴトン、と重たげに再び走り出す電車。
せいぜい俺くらいしか乗っていないのに車掌はこうやって電車を動かしているのだと考えると、ちょっと馬鹿馬鹿しいような気分になった。結局のところ、みんなそれなりに真面目に生きているんだろう。
横にある金属のパイプに頭をもたれて、無気力に視線をさまよわせる。
相葉ちゃんが何を云ったかなんて、どうでもいいんだ。
電車の振動で頭の位置がブレるのがちょっと痛い。
本当は、何もかもどうでもいい。
色んなことに興味を持って積極的に生きるのって、意外と面倒なんだよね。
……ああ、何だか疲れたな。
座席についた暖房のせいで、ふくらはぎのあたりがちょっと熱かった。
相葉ちゃんは時々性急に俺を抱く。
別に急がなくたって、時間はたっぷりとは云えないながらもそれなりにあるし、俺だってそんな急かしたりしない。
だけど、たまに……相葉ちゃんは何だかひどく焦っているような、触れないものを必死で掴もうとしているような、そんな表情で俺にくちづける。まるで今死ぬ程集中しないと消えていってしまう夢の名残を何とか記憶に留めようとしているような、そんな切ない必死さで。
そんな時の相葉ちゃんはよく俺に無理なことを要求してくるから、俺としてはそういうのは出来るだけ控えて欲しいなとか思うんだけど。
でも、ひどく辛そうな表情をするから。
だから俺はそんな時の相葉ちゃんに流されてしまうんだろう。
今夜も、何があったのか苦しげな表情をした相葉ちゃんは、いっそ暴力に近いほどの性急さで俺を抱こうとした。
壁に押し付けられて、有無を云わせずくちづけられる。
餓えてでもいるかのような深いキス。
片手で俺の髪を握り締めながら、もう片方の手で顔を固定して。逃がさない、とでも云うように強引に求められる。
余裕無く俺の肌を辿る手にまだ体が熱くなり始めてもいないのに、潤滑剤と共に後ろに指を突き込まれて、体が強張る。
「……っあ、相葉ちゃん、ちょっと待っ……んっ」
「松潤……」
熱い息を吐きながら俺を見る相葉ちゃんの目は、欲情しているからなのか、ぞっとするほど真剣で。少し、怖くなった。
前を掴むように扱かれて、後ろに差し込んだ指をぐいぐいと動かされる。
「……」
相葉ちゃんが何か囁いた気がするが、混乱していてよく聞こえない。
それよりも慣れるのも待たずに指の数を次々と増やされて、悲鳴を上げた。
「う、ああ!や、やだ……っやめろよ!相葉ちゃんッ!」
危機感と混乱に、思わず力を込めて突き飛ばすと、相葉ちゃんは一二歩後ろへよろけてから踏み止まった。
「あ……」
相葉ちゃんが俺から離れたことで、ようやく本来の冷静さが帰ってくる。
肩で息をしながら見上げた相葉ちゃんの目は俺をまっすぐに見ていた。
罪悪感にも似た感情につい目を逸らしながら、俺は拒絶するために伸ばされたままの腕をぎこちなく下ろした。
何で罪悪感なんか感じるんだ。俺は悪くないのに。
壁に押し付けられて、服を剥がれて、ズボンを落とされて。強引な態度を取ったのは相葉ちゃんの方だ。
「そ、そんな焦んなくても……さ……」
うろうろと視線をさまよわせながら、もう一度相葉ちゃんを見上げる。
やっぱりまっすぐに俺を見たままの相葉ちゃんは、さっきと変わらない辛そうな顔をしていた。
「……何」
「松潤はやっぱり俺のこと何とも思ってないんだよね……」
「え?」
俺は眉を顰めた。
何とも思っていなかったら俺がわざわざ男にヤられたいだなんて思わないことくらい、解っているはずだ。
そのくらい解っている癖に、今更何を云うのだろう。
困惑する俺を尻目に、相葉ちゃんはなおも言葉を続ける。
「俺は何度も云ってるのに、全然聞いてくんないし」
「……何をだよ」
こうとりとめもなく話されては相葉ちゃんが何を云っているのか解らない。
徐々にわきおこる苛立ちに、半ば睨みつけるようにして相葉ちゃんを見据えた。
「松潤の我が侭」
「ちょ……!我が侭って、どこが我が侭なんだよ!」
「何度も云ってるじゃん。俺は」
「うるさい!何も聞きたくない!」
何を云っているのか解らない。
何を云おうとしているのか、解らない。
頭の中でそう唱えて、俺はとても切実に解らない振りをする。
漠然とした恐怖にも近い感情に、俺は強引に相葉ちゃんの言葉を遮って頭を振った。
なおも云い募る相葉ちゃんに、ずるずるとその場にしゃがみこんで耳を塞ぐ。
相葉ちゃんが俺の名前を呼んでいるのが指の隙間から微かに聞こえる。
視界の端に、相葉ちゃんが俺の前に膝をついてしゃがんだのがかろうじて映った。
うるさいうるさいうるさい。
何も云うな。何も、
「……つじゅん、松潤!」
「何だよっ!」
無理矢理手を耳から引き剥がされて、俺は泣き出しそうになりながら叫んだ。
強く掴まれた手首が痛い。半ば覆い被さるような相葉ちゃんの姿勢のために、照明の光が遮られて俺の上に影が差した。
怒りと苛立ちを込めて振り返ると、馬鹿みたいなことに、泣いているのは相葉ちゃんの方だった。
一瞬、言葉を失った。
「……お前何やってんの」
どうやら相葉ちゃんの涙に少し動揺していたらしい俺は、つい解り切ったことを口走ってしまった。
「泣いてんのっ」
相葉ちゃんの返事はやっぱり涙声だった。泣いている癖に口調だけはいつものように強気だ。
手首を掴んだ力だってちっとも弱められてなんかいない。
だけどそのままううっとしゃくり上げながら恨みがましい目で見られて、さすがに困ってしまった。
「何だよ。みっともねぇよお前。見てらんない」
困惑を隠すために横を向いて吐き捨てるように云うと、俺の中の罪悪感が水を吸った綿のように一層重さを増すのが解った。
「だから、何だよ」
とりあえず涙は止まったらしい相葉ちゃんを素っ気無く促す。
罪悪感のせいで、口調は雑だけど響きにトゲはない。俺がちょっと悪いなと思っていることはバレているのだろうかと思ったら、少しだけ悔しくなった。
「……前」
ボソッと相葉ちゃんが呟く。俺は一応聞く姿勢になって、やや俯きがちな相葉ちゃんを見た。表情は相変わらず陰になっていて、よく解らない。
「冗談で『嫌い』って云ったじゃん」
「ん」
それが本当に冗談だったのかどうかも、その『冗談』に非常に傷付いてしまった自分も置いておいて、俺はとりあえず頷いた。
その『冗談』のせいで、一人で居る時に思わず涙がこぼれてしまったのも置いておいて、だ。
「まだ根に持ってるでしょ」
「持ってねぇよ」
「松潤しつこいからねー」
「だから持ってないって」
無理に云い募ると、さすがにバレバレだったのか相葉ちゃんがちょっと笑った。
「そこは笑うとこじゃねえだろっ」
少しムッとして指摘すると、間髪入れず相葉ちゃんが俺の目を見て一言囁いた。……やっぱり涙声のままだったけど。
「俺松潤が好きだよ」
「お前馬鹿じゃねえの」
……動揺、してしまった。
相葉ちゃんは条件反射でつい罵声を上げてしまった俺を見透かしたように笑って、じゃあ許してくれるよねと云って、また笑った。
「松潤が好きだよ。すっごい好き。ずっと云ってたのに、松潤聞いてくれないんだもん」
俺は黙ったまま曖昧に頷いた。
相葉ちゃんが何か云おうとする度、あるいは云う度、俺は聞こえない振りをしていた。それは相葉ちゃんにまた「嫌い」と云われるのが、例え冗談であろうとも嫌だったからなのを、俺はわざわざ口に出して云うつもりはなかった。
「嫌いって云ったのを、怒ってたんでしょ?」
こうやって解り切ったことを訊いてくる相葉ちゃんは多分俺の本心なんか察しているだろうから。
「そうだよ」
今度ははっきりと頷いて見せて、俺は相葉ちゃんに体を寄せながらその首に腕を絡めた。
相葉ちゃんが俺の背中と腰の辺りに腕を回す。
「凄え怒ってた」
「今も?」
「今もだよ」
「許してくんない?」
うーん、と俺は白々しく考える振りなどしながら、さっきおざなりに整えた衣服を乱す手に協調した。
相葉ちゃんのシャツを掴んで、ぐいっと上に向けて引っ張ると、相葉ちゃんは俺に触れる手を一旦離して腕を上げた。
「我が侭」
「松潤もね」
「許して欲しい?」
「うん」
ほとんど脱げたシャツから腕を抜いて脇に放り投げながら、相葉ちゃんがやたら真面目な顔で頷いた。
「じゃあ……」
俺も真面目な顔を作って応えようとして、つい吹き出した。
こんな小さなことのために散々不愉快な思いをした自分が、とても馬鹿馬鹿しく思えて。
だけど、馬鹿馬鹿しいことと馬鹿馬鹿しくないことの境目なんて実際は存在しない。
だから本当はどうでもいいんだ。
「じゃあ、満足させろよ」
俺は笑いながら、尊大に顎を上げて見せた。
本当はセックスなんて、誰が相手でもそう変わりはしないんだろうけど。
他の人間じゃ駄目なくらい、相葉ちゃんでいっぱいにしてくれればいい。
「ごちそうさま」
「どういたしまして」
数日前まで冷ややかに交わし合っていた言葉を、クスクス笑いながら改めて交わす。
たっぷりと「満足」してくたくたになった体をベッドに預けながら、何となくお互いの顔を見つめる。
「松潤の我が侭」
「相葉ちゃんもね」
また散々笑いあう。
俺はふと思いついて、にっと笑って相葉ちゃんを見た。
「……美味しかった?」
「勿論!」
the end.
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