走る体 2
結婚することにしたの。そう云われたのがつい先週のことだった。
一切の恋愛感情を間に挟まずに性的交渉だけを持つ異性の友人、要するにセックスフレンドは二人ほど居た。先週までは。
一人は数ヶ月前に些細なことから喧嘩して、それきり。一人とはなかなか上手くいっていたものの先週結婚を理由に振られた。彼女が選んだ相手は彼女が数人キープしていたセックスフレンドの一人で、年収900万の少し白髪の見え始めた男だった。
相手の年齢が年齢だから俺とは五分五分だと思うんだけど、と冗談半分に敢えて口にしてみたら、あんたがあたしと結婚してくれるって云うんだったらまだ考えてみるけどね、とあっさり笑われた。
だから俺は苦笑しながら素直に祝いの言葉を述べた。
彼女とも、それきりだ。
つまり俺はこの半年でセックスフレンドを失った訳です。現在、お互いに合意の上で恋愛感情に基づかずに性的交渉を持てる相手の数は、今のところとりあえずゼロ。
なんともわびしい話じゃありませんか。
俺は頬杖をついたままずるずると力を抜いた。
いつもの移動車の中、先に帰りの支度を終えた俺は普段座っている席に座ってぼんやりとしていた。
仕事も終わって、後は帰って風呂に入って寝るだけ。
とりあえずまだ支度が済んでいないらしい相葉ちゃん達が来るのを待ちながら、俺は低い天井を見上げた。
何だか気力が無いせいか、一日のぼんやりとした疲労が重い。
考えてみればもう二週間以上セックスしてないのに、セックスフレンドはもう居ない。
「新しいのでも探すかな……」
溜め息混じりに呟くと、不意に俺の後ろの席からゴソゴソという物音がした。
「……ぃのっ、て……」
「え?」
振り返ると、いつの間にか俺より先に来ていたらしい松本が、後ろのシートを全部使って寝転んでいた。
どうやら眠ってしまっていたのか、ぼんやりとした表情で俺を見る。声が普段よりは掠れていた。
「新しいのって?」
「ああ。……セフレですよ」
云いながら出来るだけさり気なく松本に背を向ける。
松本にあんなことをしてしまったあの夜から、俺はどうしても気まずくて。松本の顔を直視出来ないままでいる。
だけど松本は本当に気にしていないのか、あるいはそう振舞っているだけなのか、今までとほとんど変わらない態度で俺に接してくるのだった。
そんな松本の態度に、俺は安心すると共に戸惑っていた。
「あ?セフレ?……何で?」
俺の理由も無い後ろめたさを追いかけるように、松本がぼそぼそと呟くようにして訊いてきた。
「セックスしたいからですけど」
何だかどうでもいいような気分になってそう云うと、何を思ったか松本が黙り込んだ。
ちょっと、沈黙。
「……この間。どうだった?」
「はい?」
「俺と寝た時」
「どうって、」
まさか松本がこのことを再び話題にするとは思ってもみなかった。
だから少しばかり驚いて振り返ると、松本はちょうど寝返りを打ったところで、俺のいる位置からその表情は見えなかった。
「よかったかって訊いてんの」
「はあ、まあ……」
どう返事していいか解らなくて、曖昧に頷く。
それにしても松本は一体何が云いたいのだろう。松本の意図が全く掴めずに困惑して振り返ると、松本はさっきと同じ姿勢で俺を見ていた。
「あれって慣れれば辛くなくなる訳?」
「……多分」
「ふうん」
そう云いながら、松本は納得したように何度か頷いた。
「慣れたらイイのかな」
「さあ……でも慣れるんじゃないですか。男女でもそういうやり方をする人達って居ますからね」
「ふうん」
松本は一体何のつもりでこんなことを訊いてくるのだろう。
気まずいことは気まずいのだけれどやっぱりそれが気になって、訊いてみようとした瞬間に松本が再び口を開いた。
「あのさ、……俺にしてみれば?」
「松本さんにするって……何を、ですか?」
「セックスフレンド」
云われて、思わず一瞬黙ってしまった。
「何で松本さんが俺のセックスフレンドになるんですか」
「その方が不自然に見えないし危なくないからだけど」
「……それだけ、なんですか?」
「他に何があるんだよ」
妙に強気に云われて、いっそ不思議になる。何で松本は俺と関係を結びたがるのだろう。
あの夜、許してくれたとは云っても松本は明らかに嫌がっていたのに。
「松本さんは、何で俺のセックスフレンドになりたいんですか」
素っ気無さを装って横目で見ると、松本は少し嫌そうに眉を顰めた。
「口封じ、兼、スキャンダル防止」
「ああそうですか」
「兼、ちょっと興味」
「へえ。それは意外ですね」
何だかお互い変によそよそしいのを無視しようと努力しながら、松本の言葉に興味を惹かれた風を装って軽く体の向きを変えた。
多分、松本には松本なりの目的があるのかも知れない。実際に俺が誰かにあの夜のことを口外するのを恐れているのかも知れないし、理由は俺にはやっぱり解らないけれど。
「そう」
松本が、そんなのは何てことない、とでも云いたげな視線を俺に寄越した。
「お前ってゲイなの?」
「まさか。どんなのか興味があっただけですよ」
突飛な質問に一瞬慌てた俺が苦笑している風を装いながら応えると、松本は少しだけ考え込むような表情を見せた。
俯き気味になって指を唇に押し当てるその様子を見るのはちょっと久し振りで、松本がやたら幼く見える。
「じゃあ、今夜、もう一回してみよっか」
云って、松本は俺に真っ直ぐ視線を向けたまま、そそのかすように目を細めた。
to be continued...
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