走る体



過ちを犯してから何をするよりも先に、まず後悔した。
衝動に任せて松本を半ば無理矢理抱いて、それから俺はようやく自分のしたことをはっきりと実感していた。
相手の意思なんて確認すらしていないまま、強引に自分の欲望を押し通した。
誰が悪いとか誰のせいだとか、そんなことはもう問題じゃない。
これはもう強姦だ。
罪悪感やら後悔やらに混沌とした感情の中にかすかに浮かぶ、安心と嘲り。
その理由を俺は痛いほどに理解していた。
終わってもなお苦痛に顔を歪めたまま浅い息を吐く松本を見ていられなくて、そっと松本のそれに指を絡める。
「んっ、ん……」
松本が一瞬びくっと体を震わせ、戸惑うように眉を顰めて俺を見つめる。
不安げに揺れる瞳。
その戸惑いが俺の行動に対するものなのか、自分の体に未だくすぶり続ける残り火のような熱に対するものなのかは判別がつかなかったけれど。
つい、キスをした。
さっきまでの行為を誤魔化そうとしてでもいるかのように受け取られたら、それも仕方の無いことかもしれない。それでも、どうしていいか解らないっていう風情の松本を見ていたらどうしてもしたくなって。
微かにわななく唇に何度も軽いくちづけを落とした。
「っあ!ニノ……ちょ、待っ」
近づく限界に、松本が慌てて俺を止めようと手を伸ばしてくる。それを振り切って、深く唇を重ねた。
手の動きは止めないまま、近くにあったティッシュボックスから手早く数枚抜き取る。
「は、ッう……、ん!んん!」
一瞬体を強張らせた松本が一気に脱力する。吐き出されたそれをティッシュに受け止め、丸めてごみ箱に放り込むと、荒い息を吐く松本の横に俺もとりあえず寝転がった。
そうして静かになった部屋に広がる沈黙。まだ治まりきらない松本のやや速い息遣い。
段々と冷めていく体の熱と重苦しい沈黙になんだかいたたまれなって、だけどそもそもの原因は自分なだけにこの場を離れる訳にもいかなくて。
結局何も云えずに黙っていると、ふと松本がこちらに顔を向けた。
「……ニノ」
「……」
どう応えていいか解らずにいると、松本がハアッと溜め息を吐いた。
「ったく……。やるならちゃんと先に承諾取れっての」
そう云った松本がもう一度溜め息を吐く。
……え?
「そりゃ興味が無いわけじゃなかったけどさ。いきなりやられたらいくら何でも驚くだろ」
「……松本?」
戸惑いを隠し切れずに松本の方を見ると、松本は「いきなりゴーカンしやがって」「この性欲馬鹿」などと俺を罵りつつも、普段とそう大して変わらないそっけなさで俺を直視した。
ゆっくりと俺の暗い安心が揺らぐ。
傷つけたと思っていた。
忘れられないくらい、許せないくらいに傷つけたと思っていた。
そう思っていたのは、……俺だけだった?
「まあ、そんな嫌ってんでもなかったけど」
半分諦めの入った表情で軽く云われて、俺は逆にひどく悲しくなった。
許してくれたのかもしれない。
葛藤は残っても、もう追及しないと決めたのかも。
こんなことをしておきながら、それで相手が動じていないのが不満だなんて、いくら俺だってそこまで理不尽じゃない。
……だけど、それでも。
フイとまた顔を背けた松本の背中を目で追いながら、いっそ松本が傷付いてくれたらよかったのに、と思った。