わがままな手 2
それからも俺の不調はずっと続いていた。
ニノが好きだというだけで満ち足りていた時間が唐突に終わってしまったように、何も迷わないで仕事だけに打ち込んでいられた時間もまた終わった。
何をしても上手くいかない。悩みばかりが増えていって、失敗が目立つようになった。しまいにはスタッフや嵐のみんなに迷惑を掛けてしまっている。
何とかしなければとは思うものの、現状はどうやっても変わらなくて、ただ焦りだけが募っていく。
メンバーの俺への扱いも段々と腫れ物を触るようになってきて、心配されてることは解っていたけれどそれも辛かった。
「松潤、大丈夫なの?」
仕事の後の楽屋で、相葉ちゃんにそう声を掛けられて、俺は何とか笑って頷いて見せた。
チラッとこっちを見た翔くんの心配気な表情に罪悪感がこみ上げる。
「ごめん……」
俯きがちに謝ると、相葉ちゃんが困ったような顔で「松潤……」と呟いた。
ああ、また。
俺はやりきれなくなって唇を噛んだ。
「なに甘ったれてるんですか」
不意に、ニノの声が響いた。静まり返った楽屋の中、その声はひどく無機質に聴こえた。
「いくら調子悪いからって、そう何日も続かれたらこっちも迷惑なんですが」
ニノが目をすがめて俺を見る。
「ごめん、」
「謝ってる暇があったら真面目に仕事しろよ」
俺は何も云えなくなって、黙って俯いた。
ニノは一度諦めるように溜め息をつくと、一度俺を醒めた目で見てから背を向けた。
その苛立った仕草は、何で俺がこんなことでお前に関わらなきゃいけないんだ、と云っているように見えて。
「……」
黙ったまま項垂れる俺を見る相葉ちゃんや翔くんの心配そうな視線が、今は辛い。
……気付いてたんだ、俺。本当は知っていた。
俺がニノを好きでも、そんな感情が何の意味も無いことくらい。ついニノに向いてしまう視線の裏に微かにでもニノが振り向いてくれるかも知れないという有り得ない期待がこめられていたことくらい。
知っていたけれど、まだ気付かない振りをしていたかっただけなんだ……。
「……ニノ」
俯いたまま、ほとんど呟くようにして呼びかける。
「何ですか?」
ニノがさっきと全く変わらない表情で振り返った。
俺は出来るだけ笑顔に見えるように努力しながら顔を上げた。
「あの、さ。これからもっときちんと自己管理することにするよ。……注意してくれて、ありがとう」
そう云って笑ってみせる。
もう、大丈夫だ。
下手な望みなんて持つから無駄なところで傷付く。
そんな必要の無いものなんて捨ててしまえば何も考えないで済むから。
だから、俺はもう大丈夫。
「そう」
興味無さそうにニノが俺を見る。俺はもう一度笑って見せて、頷いた。
作って見せた笑顔は、自分でもちょっと驚くほど明るく見えた。
人間は悲しみなんかじゃ死ねない。
それが現実だ。
失恋して食事が咽喉を通らないとか、寂しさで死んでしまうとか、そういうものは映画や小説の中だけの世界だ。
現実に俺は今まで通り仕事を続けているし、あれほど悪かったもう調子だって戻った。
流石に心の底から楽しく仕事出来てる訳じゃないけど、そんなの大したことじゃない。
傷付いていないこともない。だけど、よく考えてみると俺は同じ嵐のメンバーを勝手に好きになった挙句告白もせずに勝手に失恋した訳で、そんなのはただのお笑いだ。究極なまでの自己完結。
俺は今までの自分を反省するにつれ段々と冷静になっていった。
未だにニノへ向く視線も、このもどかしい気持ちも、そのうちこの悲しさと同じように冷めてゆくのだろう。そう思った。
「ふう……」
仕事が一段落した休憩時間。
俺は水の半分残ったペットボトルを片手に廊下を歩いていた。
多分外が雨だからだろう、室内でも空気は湿り気を帯びていて、それが少し気持ちよかった。
何の気も無くフラフラと歩いていると、ふと誰かの声が聞こえてきた。
「……?」
ボソボソとひそめられた声がする方に目を向けると、ニノが携帯で誰かと話しているのが見えた。
どうやらニノはまだ俺に気付いていないらしい。
昨夜、とか今夜、とか単語が聞こえてくる。
友達と会うのかな、とぼんやりと考える。
いくら何でも盗み聞きをするつもりは無かったので、早速来た道を戻ろうとしたところに、ちょっと違和感のある言葉が耳に入ってきた。
「……じゃ、いつものホテルで」
……ホテル?
思わず足を止めたところで、ニノが通話を終えたらしく、立ち上がる気配がした。
慌てて逃げるように二、三歩歩いたところでニノの訝しげな声がした。
「……松本さん?」
「あ……」
振り返ると、ニノが眉を顰めてこっちを凝視していた。
「もしかして、聞いてました?」
「え、いや……偶然なんだけど、」
「……」
うわーニノ怒るかな。
浮かべた笑顔がぎこちないのが自分でも解る。
「い、今のもしかして彼女?」
慌てたせいで、思わず心にもないことを口走ってしまった。
……あ、やべ。
こんなこと、みんなに迷惑が掛からない限りは個人の自由なんだから、俺が関わっていい事じゃない。余計な事を云ってしまったことに今更気付いて、俺は何だか居心地が悪くなった。
ニノは案の定言葉に詰まったように一瞬黙った後、意外なことに「セフレだけど」と飄々と云った。
「えっマジ」
俺はニノのそんな本気ともつかない一言に何故だか動揺しながら、ぎこちなく笑った。
「何云ってんだよ、冗談キツいって。彼女なんだろ?」
そう云うと、ニノが素っ気無い態度をさらに冷たくして俺を見据えた。
「だから云ってんだろ。セフレだよ」
「え、いやでも……」
彼女の存在を知られるのが嫌なのか、それとも本当にセフレなのか。
どちらにしろ、雰囲気はいよいよヤバくなってきた。どうやら本格的に怒らせたみたいだ。
話を逸らそうとは思うんだけど、何の話題を出していいか解らない。
「文句、あるんですか」
「……無いけど」
挑むように俺を見据えるニノから俯きがちに視線を逸らす。
ニノが何をしようと俺には関係無い。そのはずだ。なのに何だかひどくすっきりしなかった。
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