わがままな手



結構前の話だ。
俺たちが今のような関係になる前の話。
今でも俺たちはお互いのことなんかちっとも理解出来てない。だけど、あの頃は今以上に何もかもが霧の向こうだった。
抱えた繊細な感情をどうしたらいいのか解らなくて、拙い手つきで傷つけあっていた。


それはいつだっただろう。ある日、ふとニノのことが好きな自分に気が付いた。
何時も通りの仕事。番組に出演し、嵐のみんなで談笑していた。
翔くんや相葉ちゃんと台本に添った会話をしながら、ふと何の気もなく横に座っていたニノの横顔を見たときのことだった。
ああ、俺はニノが好きなんだな。不意にそう実感した。
ニノが好きだ。
その事実に酷く動揺しながらも、どこかに冷静な自分が居て、ごく当たり前の顔で今まで通りに会話を進めていた。
自分のことだというのに、何だか友人の恋に気が付いたとでもいうような感覚だった。
相手がニノだからだろうか。同じ嵐の、それも男であるということは不思議と気にはならなかったけれど。
友情でも仲間意識でもない「好き」。
この気持ちを何と呼べばいいのだろう。
恋?それとも愛?
それは恋と呼ぶにはあまりにも現実的で、愛と呼ぶにはあまりにも冷静な感情だった。
恋したことが無い訳じゃない。自分の気持ちすら解らないほど曖昧に生きてもいない。そう思っていたのに。
この感情だけはちっとも解らなかった。
だけどそうやって何だか不可解な感情を持て余すうちに、定義なんかどうでもよくなった。
終わっている。それだけをはっきりと自覚しながら、俺は上辺だけの言葉を並べて仕事用の笑顔を取り繕った。
話題の流れからか、何時ものように翔くんが大野くんのネタを持ち出してくる。
大野くんは何でまた俺なの、という顔をしたけど、別に怒るような話題でもないからと翔くんは楽しげに話を続けた。
それに大野くんが云い訳のような開き直りのような反論をして、相葉ちゃんやニノにまた突っ込まれる。
そんなやり取りにみんなで笑い転げながら、俺は一瞬だけニノに向けた視線をそっと逸らした。
逸らす時に、ほんの一瞬だけニノから目が離せなくて、そんな自分が凄く不思議だった。
だけど、それからも俺の生活だとか態度だとかに全く変化は無かった。
実を云うと、最初は此れから訪れるかも知れ無い変化を少し不安に思ったりもした。いくら曖昧だとは云え、俺がニノに微妙な感情を抱いていることは確かなのだから。
けれど、別にニノを好きになったからといってそういきなり状況が変わるはずも無い。
何も変わるはずが無いのだ。俺が何らかの形でこの感情をニノに打ち明けない限り。
ただ、それでも以前とは変わってしまったところがある。
俺はニノのことを少しだけ意識するようになった。
幾ら普通に振舞おうとして、実際普通に振舞っては居ても、それだけはどうしようもない。
俺はニノや嵐のみんな、周囲の人々に気付かれないよう出来る限りの注意をしながら、何時も通り素っ気無く、だけどそうやって触れ合えるわずかな時間を数えていた。


だけど、そんな日常はある日あっけなく壊れた。
それは雑誌の撮影をしていた時のことだった。
ふとしたはずみからニノと相葉ちゃんがキス合戦を始めた。
まあニノも相葉ちゃんもノリがいいからそんな馬鹿を時々やるし、大野くんだってよく一緒に騒いだりする。俺だって流石に参加はしないだけで結構楽しく眺めてたりするから、こんな馬鹿騒ぎには慣れてるんだけど。
だけど、今日はちょっと違った。いつものノリだけじゃなく、今日は撮影中だって事もあってみんな普段よりハイテンションだ。ニノと相葉ちゃんがメンバーを次々と犠牲にしてゆく。
まずは大野くんが犠牲に。続いてターゲットとなった翔くんも珍しくノリノリで、わざとらしく奇声を上げたりしている。
そうして最後に狙われたのは、勿論俺。
大野くんと翔くんを血祭りにあげた二人が俺の方ににじり寄ってくる。
……マジかよ。
「松潤ー」
覚悟しろよ、って感じに名前を呼ばれてちょっと笑顔が引きつった。
助けを求めるように翔くんと大野くんを見たけど、他人事だからって顔で笑ってる。
「俺触られたりすんのあんま好きじゃないんだけど……」
じりじりと後ずさりながら云うと、ニノがニヤリと笑った。
「松本さんに選択権は無いから」
「そうそう」
「え、やだよ……」
云っているうちに二人に挟まれる。
「ちょ……やめ、」
「フフフ」
そのまま二人に迫られて、思わず焦った。
「……止めろよ!」
つい云った言葉は、そんなつもりではなかったのにかなりキツく響いて聴こえた。
一瞬動きを止めた二人が軽く驚いたような顔で俺を見る。
「ごめんごめん。怒った?」
相葉ちゃんが笑って謝った。
「あ、いや……ちょっとびっくりして」
自分でもさっきの言葉のキツさに驚きながら、しどろもどろに云い訳をする。そのまま視線をずらすと、相葉ちゃんの横に居たニノとまともに視線が合った。
その時の、ニノの表情。
きっと何の意味も無いんだろうけど、それだけに本心を反映しているとも云えるその顔には俺への失望と無関心がはっきりと浮かんでいて。お前ってつくづくつまんねえ奴、とニノの醒めた視線が云っているように見えた。
一瞬、声が出なかった。
共通点なんて全然無い。親しくだってない。ただ、同じグループにいるってことだけが、俺とニノの接点。
多分俺は仕事仲間だからまだ構われてるだけで、もし違うグループにいたら最低限の社交辞令でしか声を掛けてもらえないだろう。そんな事実が今更のように思い出されて、いたたまれなくなった。
「ごめん……今日ちょっと調子悪くて……」
呟くように云って、俯いた。
こんな些細なことで傷付く自分が馬鹿みたいで、それがいっそ悲しかった。
前は見えなくても、終わりだけははっきりと見えていた。