幸福論 3
「えっ」
驚く間も無く再び覆いかぶさられて、深く口付けられる。やっと唇が離れたと思ったらまた重ねられて、息が継げない。
「っ、……」
キスを続けたまま、服の下に手が差し込まれる。指で肌を辿られてつい背中を反らした。
「やめ……ニノ!俺はやりたくないんだってば!」
「俺はやりたいの」
そう云ってニノがズボンに手を掛けた。手早くボタンを外され、ジッパーを下ろされて、そのまま下着ごと引きずり下ろそうとする手を慌てて止める。
「なっ、」
「アンタ馬鹿でしょ、松本さん」
断言するように云われた。
「バカって……」
何なんだよ、と反論しようとしたけれど、首を軽く噛まれて思わず首を竦めてしまう。
そのまま舌で首から鎖骨の辺りを舐められた。
「え……っ、ちょっ、待てよ!」
抵抗もむなしく下着ごとズボンが脱がされる。性急に下肢に触れられて、俺は赤面してもがいた。
「ニノってば!」
「バーカ」
やたら強い口調で断定されて、俺はニノを睨み付けた。
「バカバカ云うなっ」
「だったらちょっとは人の気持ちも考えろよ」
そう云ってニノが潤滑剤の入った瓶の蓋を開けながら、またキスしてくる。
素っ気無い言葉とは裏腹に酷く優しいキスに、少し動揺した。
思わずこのまま流されてしまいそうになるのを何とか振り切って、半分ヤケで声を荒げた。
「何がだっ」
「解んないのは松本さんが馬鹿だから」
「だから……っ!」
云い返そうとした瞬間、潤滑剤を掬ったニノの指が入り込んできた。
「や……やっ」
押し広げる動きの生む違和感に体が強張る。
片手で宥めるように俺の体に触れながら、ニノがそこに触れる指を増やす。
「嫌、だっ」
内側を引っ掻くように指を動かされて、目尻の辺りが熱くなるのが自分で解った。
涙ぐんでいるつもりなんか無いけど、目が潤んでくる。
「……っふ、う……」
俺は体の中にわだかまり始めた熱から逃げたくて身を捩った。
表情は大して変わらなくても、見上げたニノの目がちょっと笑っている。それに気が付いて、かなり悔しくなった。
「やめ、ろって……云ってんだろっ!」
膝蹴りを喰らわせようと、力の入らない膝をニノの腹目がけて無理に蹴り上げた。
だけど蹴り上げた膝はやすやすと止められ、逆に足を掴まれてしまったせいで身動きすら出来なくなった。
少し眉を顰めて、ニノが俺を睨んだ。
「ほんっと馬鹿」
そのまま自身を押し当てられる。逃げかけた腰を抱え込まれ、ぐっと押し込まれて、一瞬息が詰まった。
「あ……あっ、……っ」
狭いそこをやや強引に押し広げられる感覚に、下肢が引きつる。
それでも慣れ親しんだその動きに、下肢を圧迫していた違和感は徐々に薄れていく。煽るように軽く揺さぶられて、睨みつける視線が揺らいで力を失う。
フ、と今度こそはっきりと笑われた。
「んっ、ん……はぁ……」
悔し紛れにニノの首にしがみ付いて、目を閉じた。
「……俺のどの辺が馬鹿なんだよ」
結局ニノのしたいようにされてしまって。
疲れ切ってニノの隣の枕に顔を埋めながら、俺は半ば不貞腐れてニノを横目で見た。
「松本さんは馬鹿ですよ」
すっきりしたせいか機嫌のいいニノが楽しそうに云った。
「だから、どこがだよっ」
「人の気持ちを考えない辺りとか」
は?
それはさっきも云われたけど……こんなに何度も云われるほどニノに酷いことをした憶えは無い。
「フラフラ誰にでもついていく辺りとか。丸め込まれやすい癖に、用心深いつもりでいる辺りとか」
「ちょっ……」
「松本さん、俺を冷血な蛇かなんかと勘違いしてるんじゃないの?」
「……え?」
妙な云い方に、怪訝に思った。
「俺は人間ですよ」
「ええ?」
何なんだろう、その「淋しかった」みたいなニュアンスは。
「……もしかして、ニノも淋しかった訳?」
そう思ったら何だか嬉しくなってしまってつい口に出したら、ニノの顔が目に見えて不機嫌になった。
あ、ちょっと調子に乗り過ぎたかなと後悔する。
「黙りなさい」
その言葉と共に強引に抱え込まれて、俺は小さく頷いた。
言葉を貰えるのは嬉しい。例えそれが本気なんかじゃなくて、ただの冗談でも。
そこに居てくれるだけで、こうして触れてくれるだけで嬉しいから、言葉を貰えれば、尚更。
だから俺も、冗談に少し本心を乗せて、「かずなり、愛してる〜!」と呟いて、目を閉じた。
the end.
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